現在、奈良斑鳩にある不二画廊で開催中の個展のテーマは美。タイトルは「いと美し」-いとくわし-。
美の概念は時代により変わりゆくもの、繊細さに美を求める古代日本人の価値観、それは私の中にも確実に受け継がれていると感じます。
□「いと美し」 -いとくわし-
「いと美し(くわし)」とは、とても繊細(細やか)で美しいという意味の古語です。
この度、この言葉を作品展のテーマにしたのはある大切な方の言葉がきっかけでした。
私の作品を見て「美しい」と呟くように言われたその言葉は、今も私の心の中で軽やかに美しく響いています。
心で紡がれた糸を紙面に編み描くというイメージで制作している玲翠作品の核となる「美」。余白の美、線の美、心の美を表現した今回の作品をたくさんの皆様にお楽しみ頂けると幸いです。
□Ito kuwashi
“Ito kuwashi" is an archaic Japanese word meaning "very delicate and beautiful.
I chose this word as the theme of this exhibition inspired by the words of someone special to me.
She looked at my work and whispered, "It is beautiful." Her words still resonate lightly and beautifully in my heart.
"Beauty" is the core of Reisui's works. They are created with the image of weaving and drawing the threads that have been spun from the soul, onto the surface of paper.
I hope you enjoy this exhibition and my work, featuring the beauty of margins, lines and the heart, inspires many of you.(個展フライヤーより)
自分の作品における美しさとは何かを考えているときに出会った言葉が「くわし」でした。
そもそも美とは何か。角川古語大辞典・第二巻(中村幸彦・岡見正雄・阪倉篤義編、1984年、角川書店)では以下のように日本の美について記載されています。
「くは・し【細し・詳し】形シク [解説] 古代日本の美は、精細なもの、小さいものに対する愛着と、清らかな、つややかなものに対する愛好の二つが入れ替わり主流を占める。 クハシは「青柳の糸の細クハしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも」〈万葉1851〉のように、繊細な美をいう。 これは中古には委細・詳細の意にかたよっていった。それに替わって中古の美の最高は、女流文学ではキヨラ(清ら)である。これは清冽の意から発展した。男子の漢文訓読体の文章ではウルハシ(麗し)が広く使われた。これは光沢のあるさまが原義である。 中世になると、それらに替わってウツクシ(美し)が美を代表する言葉となるが、これは本来、肉親や恋人の間で親密な愛情を感じるところに発して、小さいものに対するかわいさを表現するほうに発展し、さらにそれが細かいものに対する愛着というクハシの系統の美の表現へと展開したものである。 中国では、「美」とは羊の大きなもの、「艶」とは色の豊かなもののように、大きくて豊富なものから美一般へと発展している。ここに日本と中国の美のとらえ方の根本的相違がある。 なお、クハシの語源は朝鮮語の kop (美)を受け入れたもので、楽浪郡時代の工芸品の精緻な美を、古代日本では美の極致として享受したところから、 kop が精細の美、さらに詳細・委細へと発展したのではなかろうか。 [語釈] ①美しい。繊細で美しい。 「麗クハし〔久波志〕女メを有りと聞こしてさ婚ヨバひに在立たし」〈記歌謡2〉「隠口の泊瀬の山青幡の忍坂の山は走出の宜しき山の出立の妙クハしき山ぞ」〈万葉3331〉」
精細なものへの愛着と小さいものと清らかで艶やかなものへの愛好とが主流を占めていた日本の古代における「美」、その中でも繊細な美しさを投影した玲翠作品を美しいと感じていただくことが今回の個展の目的であり、その美しさがご覧いただいた方の心に伝わり、何らかの価値と意味を持つこと、それが私の願いであり祈りでもあります。